石本泰博さんの写真集「めぐりあう色とかたち」を見た。一見すると、パソコン上で画像処理した写真のようなのだが、作者が70年代からフィルムで撮影している多重露光の写真なのだ。
色と形がいろいろに混在し、まるで抽象絵画のようだが、よく見ると木の枝とかビルのシルエットなどが見て取れる。多重露光することにより、被写体の形が断片化されている。色もおそらくフィルターを通すことにより別の色に変換されている。よって被写体の具象の枷が解かれ、色と面に抽象化され混合される。しかし、あくまでも写真であり被写体があるが、多重露光による偶然の作用が働く。具象と抽象の微妙な入り混じり方が面白い。
写真集の前半は、同じ系統の被写体を多重露光してある場合が多く、直線的でモダンな感じを受ける。後半になると、紙に絵の具をにじませた模様のようなものを多重露光ささせておりカオス的なものとなる。しかし、後半の写真も混沌とした感じはせず、どこか整合的でモダンな感じがするのが不思議だ。
今の写真家だったら、デジカメで適当に撮影をして素材をあつめ、PhotoShopのレイヤーに複数枚はりつけて、重ね合わせることにより、似たような写真をより手軽に、また複雑に作成することが可能だろう。そういった意味では、PhotoShopのレイヤー合成の機能をフィルムカメラ機能の範囲内で実験していたともいえるかもしれない。ただし、PhotoShopのような画像ソフトで写真を加工する場合、やりすぎて閾値を超えると写真でなくなる気がする。画像ソフトで写真を加工するということは偶然の作用を減じる方へ働くと思う。その点、フィルム撮影という制限内で取られたこの写真集の写真は正真正銘の「写真」だ。
写真集としてはちょっと地味だけれども、フィルムによる多重露光撮影を突き詰めた作品だと思うので、アート系の写真に興味がある人にはお勧めしておく。